9月初頭、台風10号が発生し、「特別警報級の勢力」「100年に一度の大雨」などと、連日ニュースで最大の警戒が呼びかけられました。
私たち台風の専門家の間でも、「記録的に発達するのでは」と危惧する声が多く上がっていました。なにしろ、台風が強くなる条件が揃っていたのです。
台風は、海面から蒸発する水蒸気をエネルギーにして発達します。台風を車に例えると、水蒸気は“ガソリン”です。海面の水温が高ければ高いほど海水は蒸発しやすいため、台風の勢力は増すことになります。
8月は猛暑が続いていたことを覚えているでしょうか。
海水温は、太陽が当たるとどんどん上昇します。8月の晴天のおかげで、10号が発生する頃の海水温は例年の同時期と比べ、平均して2、3度高くなっていました。たった2度くらいと思うかもしれませんが、平年より2度も高くなるというのは、統計上、100回に数回程度です。
たった一度水温が高くなるだけでも大気に供給される水蒸気量は相当変わってきます。車にガソリンがどんどん注入されるという危険な状態になっていたのです。
海面水温を上昇させた原因は他にもあります。それは、台風10号以前に他の台風が日本の近海で発生しなかったこと。
台風は発生すると強い風の力で海をかき混ぜ、温度の上昇した表面と、比較的水温の低い下層の海水が交じりあうことで海水温が下がります。実際、10号が通過した後は海水温が2度下がっています。
ところが今年は、10号の前に発生した台風が日本列島の南岸にはまったくやって来ませんでした。猛暑の上にかき混ぜ効果が得られなかったことで海水温はどんどん上昇し、ひとたび台風が発生すると急激に成長する恐れがあったのです。
結果的には、先立つ台風9号が同じような進路を取って海水がかき混ぜられ海水温が下がったため、特別警報が発されるほどの規模にはなりませんでした。ですが、非常に大きな勢力を持っていたことはたしかです。
台風の恐怖は暴風雨だけではありません。それによって引き起こされる高波や高潮も、台風の被害を大きくします。
高潮は、沖から強風が吹くことで海水が海岸に吹き寄せられたり、低気圧によって海水が吸い上げられることで潮位が上昇する現象です。
高潮はめったに起きないため、あまりピンとこないかもしれませんが、ひとたび発生すると大変な被害がでます。これが強風による高波と重なると、海水が堤防を破壊するなどして被害はさらに大きくなります。
近年で有名なのは、2005年8月にアメリカ南東部を襲ったハリケーン・カトリーナや、2013年11月にフィリピンを襲った台風ハイエンです。
カトリーナは海抜ゼロメートル地域を襲った高潮により、約1800人が死亡、120万人が避難を余儀なくされるという、ハリケーン襲来史上稀に見る大規模な災害となりました。
ハイエンではフィリピンの総人口の約1割、967万人が被災しています。
ゆっくりと襲来し、じわじわ水位が上がるので、気が付いたら逃げ場を失っているのが高潮の恐ろしさです。水位がひざ下くらいまでくると、歩くこともままなりません。
車は、風で飛ばされることは稀ですが、高潮になると海水で浮いて運転や制御が不能になり、流されて家や人に衝突、破壊します。高潮では、思わぬ被害が続出するのです。(2020.10.29(木) 6:00配信 文春オンライン)
台風が年々巨大化し狂暴化していることは周知の事実です。昔の経験をはるかに上回る勢力で上陸しています。台風に対する準備は地震などと違います。事前に勢力や進路が分かるからです。気象情報を確認しながら自分の状況にあった行動を心がけましょう。