「大きな地震が起きた。たんすが倒れて、お母さんが下敷きになった。津波が来る。お母さんは『早く逃げなさい』と言った。君は逃げるか、そこに居続けるか」

防災研究者の片田敏孝さんが小学生に問うと、半分くらいがべそをかく。さらに続ける。

「今度は君がたんすの下敷きになったとしよう。たんすはどうしても動かない。君はお母さんになんて言う? 『お母さん逃げて』か『一人で死ぬのは嫌』か」

もっとべそをかく子どもたちに、片田さんは語りかける。「こんなつらいことに悩まなければならない理由を考えてみよう。つまり、たんすが倒れなければよかったということ。たんすを固定しておくことが大切なんだよ」

片田さんの授業を受けた子どもたちは、家に帰るなり、親に「たんすを固定して」とせがむ。我が子のあまりの勢いに、親は理由を聞く。授業内容を知った親たちがホームセンターへ走り、家具の転倒防止グッズが売り切れた――というのは実話という。

片田さんは東日本大震災の7年前から、岩手県釜石市で防災教育に取り組み、震災時に子どもたちが自主的に避難して市内の99・8%の小中学生が生き延びた「釜石の奇跡」を後押しした。当時、群馬大の教員だったため、「よそ者」扱いされたが、変わったのは「自分が避難(行動)しなければ、子や孫の命も奪われる」と感じてもらえるようになったから。

震災から9年がたった。その後も各地で自然災害が続き、行政主体の防災に限界が見えてきた。ところが、「行政に頼るだけではなく、一人一人が主体的に防災に取り組もう」と言われても、「自分は(きっと)大丈夫」と思いがちだ。「正常性バイアス」といわれる反応だ。だから片田さんは「大事な人」を話題に取り上げる。最初の授業はその一例だ。

正常性バイアスの一因に、防潮堤などハードの充実もある。最近も、被災地での取材記事に「新しい防潮堤のおかげで安心して生活できる」というコメントがあった。震災では、各地の巨大防潮堤が破られた。新しい堤防も9年前の津波は守れたとしても、歴史にはそれ以上の津波の記録がある。

災害の前も後も、ちゅうちょなく行動する。たとえオオカミ少年になったとしても。それは、大事な人のためにもなる。(オピニオングループ)(2020.3.16(月)夕刊 毎日新聞)

大切な人の命と自分の命を守れるのはあなたです。そのために必要なことは行動です。まずは家具転対策を行いましょう。