自然災害で犠牲者が出るたび、「(災害が起きることは)分かっていたのに、なぜ避難しなかったんだ」「なぜ備えていなかったんだ」といった議論が起きる。

しかし、分かっているからと言って、避難したり備えたり行動を起こせるとは限らない。とはいえ、首都直下地震や南海トラフ地震のような巨大災害が待ち受ける日本では、「避難できる」「備える」存在に皆がアップデートする必要がある。

あの日逃げられなかった人たち

筆者は、東北大学災害科学研究所と共同で、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市南浜(みなみはま)地区の住民100名から地震発生当日の避難行動を詳細に聞き取り、分析を進めている。

南浜および隣接する門脇(かどのわき)地区には震災前、およそ1700世帯が暮らしていたが、7mに達する津波とその後起きた火災により、死者389名、行方不明150名という甚大な被害を受けた。地震発生から津波到達までは1時間弱のタイムラグがあったので、日和山(標高56.4メートル)に避難すれば助かっていた。

東日本大震災前、宮城県沖地震の発生確率は「99%」と想定されていたため、宮城県内の学校では地震対策が真剣に行われていた。南浜・門脇地区でも同様だったが、聞き取りした住民たちの多くは「あんなに(高い津波が)来るとは思わなかった」と答えている。また、防災無線やラジオ、知人の声がけなど、何らかの手段を通じて津波情報を「知っていた」ものの、家族を探したり、地震で散乱した食器や家具を片づけたり、知人と話したり、いったん自宅に戻ったりして、「すぐに高台へ避難した」人はごく少数だった。

南海トラフ地震、いまのままでは逃げられない

「分かっていてもできない」「知っていてもできない」は、別に防災や避難に限ったことではなく、ダイエットや禁煙など普段の生活でもおなじみのフレーズだ。ダイエットしようと決めて見事に初志を貫徹した立派な方は別だが、そうでない私もあなたも、おそらく「分かっていても逃げられない」人だ。

南海トラフ地震は、最大死者23万1000人の巨大災害になると想定されている。そのうち、津波による死者想定は16万人とされるが、「全員が発災後すぐに避難を開始(避難の迅速化)」を実現することで、半分以下の7万人まで減らせるとされている。

ただし、この被害想定における「避難の迅速化」は、深夜の発災後10分以内に全員が避難することを指している。深く寝入っている時間帯に、10分以内に間違いなく避難行動を開始できると断言できる人は少ないだろう。しかも、奇跡的に全員がそうした行動をとれたとしても、津波だけで7万人もの死者が出るという。南海トラフ地震の恐ろしさがよく分かる数字だ。

10分以内に高台に避難できた人はいなかった

東日本大震災は午後2時46分という日中の地震だったが、揺れが3~4分続いたこともあり、南浜地区の聞き取り対象者の中ですぐに避難行動に移れた人はいなかったし、近くにある日和山まで10分以内にたどり着いた人もいなかった。

また、南浜地区の調査とは別だが、石巻市の料理店組合がまとめた冊子には、「従業員に片づけを指示した」「関連店の様子を見に行った」「停電して動かないレジを開けようとした」など、避難までに時間をかけてしまった組合員たちの言葉が包み隠さず記されている。事業主として会社の資産や従業員、顧客を守らなければならない立場なら、即時避難はますます難しくなるだろう。こうした被災者の行動や反省を知ってもなお、皆さんは災害時に迷いなく対応できると言いきれるだろうか。

「避難できる人」にアップデートする試み

自然災害で失いかねないのは、何ものにも代えがたい自分や家族の命だ。しかし、それほどに重要なものを失う可能性があると分かっていても、リスクが見えない、怖いと思えない状況のもとでは、備えを具体的な行動に移すのは難しい。

石巻市では、被害の深刻さや避難の難しさを体感し、命を守る行動につなげてもらうため、ICTによりリスクや怖さを可視化する取り組みを行っている。

「石巻津波伝承AR(拡張現実)」アプリでは、2011年3月11日の津波浸水深を、現在の街並みに重ねて透過させて見ることができる。復興工事の進んだ街並みからは当時の浸水状況を想像しにくいので、タブレットに表示される津波の高さに「こんなに?」と驚く人が多い。また、南浜・門脇地区に開館した伝承施設「南浜つなぐ館」では、先に述べた避難行動の聞き取り結果を津波シミュレーションと組み合わせ、「命の危険を感じる」「家族や忘れ物のために戻る」など当時の心情や状況に応じて色分けすることで緊迫感が伝わるようにし、プロジェクションマッピングで上映している。聞き取りした南浜・門脇地区の住民たちは、地震から10分以内に誰ひとりとして高台にたどり着けなかった(1人だけ地震発生時に日和山にいたが、その後、低地の自宅に戻ってしまう)。動画は「南浜つなぐ館」現地でのみ視聴できる。

住民たちの移動経路を映像で可視化すると、「ここの地区に津波が来る」とあらかじめ知っている私たちの即時避難への期待は裏切られる。実際には、地震発生から津波が襲来するまで、人の動きはほとんど止まったままで、自宅の片づけをしていた人も多かった。それどころか、いったん高台に逃げたのに戻ってきたり、近所を回ったりと(結末を知っている私たちからすると)理解に苦しむ行動が続き、いざ津波を目撃して初めて、猛スピードで高台に移動するとか、二階に駆け上がるといった避難を始めた人が多かった。「あんなに来るとは思わなかった」から避難できなかったのだ。「南浜つなぐ館」では、「ちょっとした荷物を取りに行って……」といった住民の証言と、津波が押し寄せるなかでその住民がとった行動を示す位置情報を同時に上映している。

消失した街並みに身を置いて初めて分かること

東北の被災地に来られる人たちは皆一様に「ここに来てみて初めて分かった」と口にする。

どんなに当時の様子がテレビで放送されても、ICTの発展によって情報伝達手段が高度化されても、 私たちは伝聞情報だけであの震災を理解できるほど、便利にはできていないのだ。

自然災害のリスクや被害の大きさは、街全体がまるごと消失してしまった現実の空間に身を置くことで、初めて自分のものとできるのかもしれない。

最後に行動に移すのは、私たち一人ひとりの判断でしかない。「次の災害から命を守るために行動できる」人にアップデートできるような生きた情報を、今後も東北の地から発信していきたい。(2019.9.1 8:35配信公益社団法人3.11みらいサポート)

災害が発生したとき、即時に避難行動に移すためには日ごろの訓練が必要になります。家族で、地域で、職場で、学校で・・・それぞれの環境で継続的な防災訓練や防災教室を行うことが最大の対策です。