災害に対する備え

地震、集中豪雨、台風と続いた昨年の記憶がまだ新しいうちに、間もなく「3・11」から9年目を迎える。繰り返す災害、未曾有の震災から教訓を学び、日本は「次」の大震災に備えなければならない。西日本や中部を中心に、最大約32万人の死者が想定される南海トラフ地震だ。気象庁によれば、南海トラフ地震は駿河湾から日向灘沖にかけてのプレート境界を震源域として、おおむね100~150年間隔で繰り返し発生してきた大規模地震だ。前回の南海トラフ地震の一部とされる昭和東南海地震(1944年)、昭和南海地震(1946年)の発生から70年以上が経過した現在、次の南海トラフ地震発生の切迫性が高いと呼び掛けられている。

■「予知なき時代」の震災対応

想定外のM(マグニチュード)9に襲われた東日本大震災以降、日本は地震予知を“あきらめた”状態になっている。これまでは静岡県沖のプレートがゆっくりと滑るような現象が東海地震の「前兆」だという前提で、総理大臣が警戒宣言を発令するなどの制度が運用されていた。1978年に制定された大規模地震対策特別措置法(大震法)だ。しかし、その後の観測や研究で、必ずしもそうした「ゆっくり滑り」が大地震にはつながらないことがわかった。一方で東海地震と呼ばれるものも、実はもっと広域に連動する地震の一部で、それだけを特別扱いするわけにもいかなくなった。

「東海」から「東南海」「南海」、そして九州沖の日向灘なども含めて見ると、100年から200年おきに南海トラフのどこかが動いて日本列島は大震災に見舞われている。それは戦争や政変の引き金となり、「歴史」をも動かしてきた。悩ましいのは、地震が西から来るのか東から来るのか、さらには連動する間隔が1日なのか数年なのかもはっきりしないことだ。実際に江戸時代後期、安政元年の1854年には東海地震の約30時間後に南海地震が発生。昭和は終戦直前の1944年に東南海地震が起こり、その2年後に南海地震が起こっている。

ちなみに、安政年間には東海・南海地震の翌年に江戸がM7クラスの地震に襲われている。南海トラフから首都直下地震、そして富士山噴火といった最悪のシナリオもありえない話ではない。わからないとは言っていられない。「予知はできない」と認めつつ、大震法に代わる制度づくりが不可欠となったのだ。

■食事の出ない避難所

「東半分が『半割れ』になったら、残りの西半分はどうしますか?」こんな言い回しが、そのまま中央防災会議の議題になった。南海トラフの東側、または西側でM8クラスの大規模地震が発生した場合を「半割れ」という言葉で定義し、「もう片方の半割れ」前にどんな対策が必要か。

防災と地震学の研究者を中心に、政財界からの委員を交え、約9カ月の議論で報告書がまとまった。それによれば、「半割れ」が起こったら、まだ地震や津波が来ていない残り半分の地域でも、沿岸部に住む高齢者らを事前に避難させる。その期間は「1週間」。来るか来ないかわからないけれど、最低1週間は最大限の警戒をしましょうという呼びかけだ。関係する534の市町村に対するアンケートなどから、「3日以上は耐え忍べそうだが、2週間だと長すぎる。1週間が社会の受忍限度」と導き出したという。ただし、1週間が無事に過ぎても安心していいわけではない。さらにもう1週間は「日ごろからの地震への備えを再確認する」などの防災対応を呼びかける。

実際には、誰もが苦悩することだろう。例えば、大阪を中心に関西が壊滅的な被害を受けたとして、名古屋は、東京はどう動くべきか。「西」の救助や復旧に当たっているうちに、今度は「東」が足元から揺さぶられたら……。東京の企業は関西の被災した工場や取引先を助けに行くだけでなく、次に打撃を受けるかもしれない自分たちの態勢を強化せねばならない。

実は、報告書でも「残り半分」の地域で避難所は開設されるが、そこに避難した人に食事や毛布などが用意されることは「困難」だと記している。「想像してみてください。先行して地震が起きた被災地は地獄のようになっています。津波ですべてが流された地域の被災者が、ずぶぬれになって食べ物や毛布を求めている中で、こちらの地域もいずれ地震が来るからと言って、同じものを求めるのはやりすぎでしょう。住宅はまだ流されておらず、食料や毛布を持ち出す余裕はある。コンビニやスーパーも開いているから、買い物もできる。だから、そこは自分たちで何とかしてくださいと、ほのめかしているんです」と福和教授。

もちろん異論は出てくるだろうし、自治体によってはそれ以上の手厚い対応をするかもしれない。そこを、地域で事前に話し合っておいてほしいとの問題提起だ。国は報告書を受け、関係省庁と連携して個別対応のガイドラインをつくり、自治体や企業に計画づくりを促す方針となっている。助けるか、助けられるか。命を救う「だけ」では、社会の動きが止まってしまう。どこまで我慢して、どこまで動かすか。ジレンマだらけで、正解は簡単に見つからない。だからこそ、事前に一つひとつの社会的合意を積み上げておくことが必要だ。(2019.3.8(金) 6:00配信 東洋経済ONLINE)

災害に対する備えに正解はありません、それぞれの立場と役割で想像力を働かせてその日にそなえるしかありません。一つだけ言い切れることは助け合いが必要だということです。国、自治体、自治会、企業、個人それぞれが手を取り合うことが未曽有の災害に備えるための正解であることは間違いありません。日本は昔、互助力が町中にあふれていました。町全体でそこで暮らす個人を見守り、助け、応援していたのです。防災力とは互助力・共助力です。地域のコミュニティ力の向上は防災力強化につながります。災害に備えてできることを始めましょう!!