2018年大阪府北部地震を振り返る

朝の通勤時間帯に発生した都市部での地震ということで,ブロック塀による被害など都市の外部空間の危険性が浮き彫りとなった災害でした.他方でこの地震は,発生時刻が平日の早朝であったこともあり,大量の出勤困難者が発生した災害でもありました。

帰宅困難者という言葉をご存知の方も多いと思います.2011年の3月に発生した東日本大震災は発生時刻が平日の昼間であったため,首都圏では約500万人とも言われる大量の帰宅困難者が発生し,橋の周辺など一部の歩道でやや過密な空間が発生するとともに,車道では翌日の早朝まで交通渋滞などが記録されました。

それから約7年後の大阪府北部地震でも,同じような現象が発生しています。例えば読売新聞によりますと,大阪府北部地震の当日,鉄道をはじめとした公共交通の停止に伴って発生した交通渋滞は解消まで約14時間継続し,平時と比べて最大約7倍の規模にも及んだため,松井知事が災害対策本部に出席できなかったり,救急車の到着に通常の6倍の時間がかかったということです。

どの程度出勤したか

当日の朝地震が発生した後に,どの程度の人が出勤したのでしょうか?著者らの調査によれば,自宅で出勤前であった1271人の約6割がいつも通り出勤しています。他方で,通勤中であった649人のうち約7割がそのまま勤務先へ向かっています。先述のように大阪府北部地震は巨大災害とはいえないため「非常事態と認識しにくい状況であったから」ともいえそうですが,いずれにせよ多くの人が地震直後に出勤を選択しています。また,鉄道の運休に伴って交通手段を変更した人のうち,2割程度は自動車やタクシーに交通手段を切り替えて会社に向かっていますが,これが先述の交通渋滞を発生させた一因と見ることができるかもしれません。

出勤に関する企業の指示

次に地震発生時,出勤に関する指示は企業からどの程度出たのでしょうか?調査では「勤務先から出勤に関する指示が出た」人は全体の3割程度で,6割くらいは「指示が出なかった」という回答が得られました。この詳細を述べますと,指示が出た人のうち約7割は出勤を控える指示であり,また指示に従わなかった人はわずか3%程度であったことが分かっています。調査ではさらに,「今後の地震発生時に出勤に関する何らかの取り決めが必要か」についても尋ねています。風水害と違い直前の予測が困難な突発性災害は,このような事前の取り決めが有効と考えられますが,この調査でも「今後は地震時の出勤に関する事前の取り決めが必要」と回答した人は約8割いたことが分かりました。

当日の業務状況

さてそれでは,出勤した人や出勤しなかった人は,業務や仕事についてどのような影響があったのでしょうか?出勤しなかった回答者286人に「出勤しなかったことや勤務先が休みになったことによる影響」を複数回答で聞いた結果、「休むことによって業務や仕事に支障が出た」人はわずか7%ほどでした。「休むことで上司や同僚に怒られた」人もごくわずかいるようで,会社によって様々だなあと考えてしまいますが,これを見る限り,災害対策に従事する人などを除いて災害時は始業を一時的に遅らせたり,休みにするという対応はあまり問題なさそうに思えます。むしろ災害対応を迅速に行うために,火急の場合を除いて出勤しないほうが良い,と言ってもよいかもしれません。

出勤困難者の対策

さてそれでは,出勤困難者の対策として,今後どのような対応が必要になりそうでしょうか?このためには,大量の出勤困難者がどのような問題をもたらすかについて考える必要がありますが,筆者は現段階では大きく分けて2つの問題に分けられるのではと考えております。

まず考えられる点は企業の災害対応や事業継続に与える影響です。これは役所やマスメディア,インフラ関連会社などは重要な課題と考えられますし,近年は役所の業務を民間企業が外部委託するケースも増えています。したがって災害対応に必要な人員は,ますます増加および多様になっている可能性もあります。最近ではこのような災害対応・事業継続の目的で,一部社員を会社の近くに住んでもらうよう推進している企業もあるようで,このような対応が参考となるかもしれません。

もう一方の問題は,帰宅困難者がもたらす問題と同様の課題です。つまり大量の出勤者困難者が徒歩や自動車で移動することによって,歩道や車道が渋滞する問題です。これは企業の事業継続に関する問題と表裏一体とも言えますが,まさに大都市問題として社会全体で解決をはかるべきものでしょう。

出勤困難者問題を考える

結論として大阪府北部地震で顕在化した出勤困難者問題は,行政が「災害時はできるだけ出勤させない」ことを広く啓発することによって,企業にその業種に会った形で地震時の出勤マニュアルを事前に定めてもらい,特に車の利用はできる限り避けてもらいつつも,一方で車道の混雑を緩和させる目的で適切な交通規制を行うという対応が原則になるのではないかと考えられます。さらにこれをうけ,われわれ個人や企業の心構えとしては,災害時にがんばって会社に行っても,むしろ都市全体の災害対応や復旧を遅くする可能性があるということを認識しておくべきかもしれません。もちろんこのあたりは業種にもよるところが難しいところですが,出勤困難も帰宅困難も,災害時は無理して動かず,その場で災害対応の手助けをすることが重要で,さらには無理して出勤させない企業内のルール作りや,無理して帰ることのないように自宅を安全にすることなども効果的と考えます。

このような大規模災害時の歩道過密・車道渋滞現象は,過剰な集積およびいびつな職住分布構造を有する大都市の宿命といえるかもしれません。平日の朝から夕方までに電車が止まる程度以上の外力が発生すれば,このような現象が発生する可能性は高いわけですから,二次災害のきっかけになるかどうかはともかく,「近い将来再発しやすい」現象とも言えそうです。今回の教訓を踏まえると,出勤困難者問題は「大都市問題」という意味においては帰宅困難者問題ほど深刻ではないにしろ,大都市に住み暮らす人にとってはそれなりに意識しておいてもよい問題なのではないかと考えています。(2019.6.13(木) 15:10 東京大学大学院工学研究科准教授・都市工学者)

帰宅困難者や出勤困難者の問題は大都市圏では大きな問題になります。場合によっては救援・救助活動に支障があります。事前に企業としても個人としてもルールをしっかりと決めておく必要があります。